大判例

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東京高等裁判所 平成2年(ネ)3776号 判決

控訴人

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

右訴訟代理人弁護士

菅原隆

草薙一郎

被控訴人

小松傳治

右訴訟代理人弁護士

大西英敏

主文

原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人の妻訴外亡小松美代子(以下「美代子」という。)は、控訴人との間で、昭和六一年七月一日、次の内容の積立女性保険契約(以下「保険契約」という。)を締結した。

(1) 保険契約者 美代子

(2) 保険者 控訴人

(3) 被保険者 美代子

(4) 死亡保険金受取人 美代子の法定相続人

(5) 保険金 事故による死亡の場合は一〇〇〇万円

(6) 保険期間 昭和六一年七月一日午後四時から同六六年七月一日午後四時まで

2  美代子は、昭和六三年九月二八日、事故のため死亡した。

3  美代子の相続人は、原判決別紙身分関係図記載のとおり、配偶者である被控訴人と兄弟姉妹(代襲相続人も含む。)の合計一〇名であり、被控訴人の法定相続分は、四分の三である。

4  保険契約者である美代子は、口頭により死亡保険金受取人を法定相続人と指定した。そして、保険契約者が受取人を法定相続人と指定した場合には、保険金請求権はその発生時の法定相続人に、その時点における法定相続分に従って帰属すると解するのが、契約者の推認される合理的意思に適合するものであり、ことに、美代子は、兄弟姉妹とのつきあいがなく、夫である被控訴人に保険金の多くを帰属させる意思を有していたと推測されるから、被控訴人に帰属した保険金請求権の額は、その法定相続分に従い、七五〇万円である。

仮に、美代子が死亡保険金受取人を指定しなかったとしても、受取人は、本件契約に適用される保険約款により被保険者である同人の法定相続人となり、この場合における契約当事者の推認される意思は、右の場合と同様であるというべきであるから、被控訴人に帰属した保険金請求権の額は、右同様に七五〇万円である。

5  控訴人は、被控訴人を含む美代子の相続人全員から保険金の請求を受けたが、その権利が各相続人に均等に帰属するとの考えに従って、平成二年三月三〇日、被控訴人に金一〇〇万円を支払ったのみで、被控訴人の受領すべき保険金の残額六五〇万円については、その支払いを拒絶した。

6  このため、被控訴人は、被控訴人代理人に本訴の提起を委任し、着手金及び成功報酬を支払うことを約束したが、このうち、右六五〇万円の一割に当たる六五万円は、この履行遅滞による被控訴人の損害に該当する。

よって、被控訴人は、控訴人に対し、保険金請求権の残額六五〇万円と控訴人の履行遅滞による損害賠償金六五万円の合計七一五万円及びこれに対する履行期後である平成二年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。もっとも、このうち(4)の死亡保険金受取人については、後記4のとおり、美代子が指定をしなかったため、被保険者の法定相続人を受取人とする本件契約に関する保険約款の定めによることとなったものである。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実のうち美代子が死亡保険金受取人を法定相続人と指定したことを否認する。その余は争う。本件契約においては、受取人の指定がされなかったので、本件契約に関する保険約款により、保険金は被保険者の法定相続人に支払うべきものであった。そして、この場合には、当該相続人は、保険金請求権を原始的に取得し、被保険者から相続により取得するものではないから、その取得額は、法定相続分によるのではなく、民法四二七条の規定に基づき、各自平等の割合によることになる。

仮に、美代子が受取人を法定相続人と指定したとしても、このことにより、その取得割合についても、これを法定相続分とする指定をしたものということはできないから、これをもって民法四二七条にいう別段の意思表示があったと認めることはできない。したがって、この場合においても、相続人は、右同様に各自平等の割合により保険金請求権を取得するものである。

5  請求原因5のうち、控訴人が被控訴人に対し保険金として一〇〇万円を支払ったことを認めるが、その余は争う。

6  請求原因6の事実は知らない。なお、履行遅滞による損害の点は争う。

三  抗弁

仮に、保険金請求権が法定相続分の割合によって各相続人に帰属し、その結果、被控訴人を除く被保険者美代子の相続人九名に対して支払うべき保険金の合計額が、その法定相続分の合計の割合に基づく二五〇万円であるとしても、控訴人は、本件契約に基づく保険金を、被控訴人を含む被保険者の相続人一〇名に対し、平等に分割して一〇〇万円ずつ支払った。そして、被控訴人を除く美代子の相続人九名に対して現実に支払った九〇〇万円から右二五〇万円を控除した六五〇万円については、本来の債権者に対する弁済ではなかったとしても、控訴人は、本件のように死亡保険受取人の指定のない場合について、被保険者の法定相続人に、法定相続分に応じて保険金請求権が帰属することを否定した判例があり、また、他の保険会社のほとんどが均等の支払いをしている実情に鑑み、各債権者に対するその債権額に応じた弁済と考えて支払ったものであり、また、右事実によれば、控訴人はその支払いに当たり、善意、無過失であったというべきであるから、被控訴人の請求する保険金の残額である六五〇万円は、民法四七八条にいう債権の準占有者に対する弁済により消滅した。

四  抗弁に対する認否

控訴人主張の支払があったことは認め、その余は争う。死亡保険金受取人の指定のない場合について、法定相続分に応じて保険金請求権が帰属するとの判例もあり、また、そのように対応している保険会社もあるから、控訴人が善意、無過失ということはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3の事実(ただし、美代子が死亡保険金受取人を指定したかどうかの点を除く。)及び、本件契約に適用される保険約款によれば、死亡保険金受取人の指定のないときは、被保険者の死亡時の法定相続人が受取人となることは、いずれも当事者間に争いがない。

被控訴人は、美代子が控訴人の担当者に対し口頭で保険金受取人を指定したと主張し、〈書証番号略〉によれば、本件契約に関する保険証券の死亡保険金受取人欄には「法定相続人」と記載されていることが認められる。しかしながら、本件契約の申込書〈書証番号略〉の死亡保険金受取人欄は空白(不記載)となっており、弁論の全趣旨によれば、保険契約申込書の死亡保険金受取人欄が空白となっている場合には、控訴人は、保険約款に基づき被保険者の法定相続人が受取人となることから、改竄防止等のため保険証券の死亡保険金受取人欄に「法定相続人」と記載していることが認められ、このことを考慮すると、〈書証番号略〉によっては、被控訴人の右主張を認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そして、保険約款に基づき被保険者の法定相続人が受取人となる場合には、被保険者の死亡時の被保険者の法定相続人が受取人となると解されるから(最高裁判所昭和四八年六月二九日第二小法廷判決、民集二七巻六号七三七頁参照)、本件契約に基づく死亡保険金は、これに適用される保険約款によって美代子の死亡時の法定相続人に帰属することとなる。

二被控訴人は、美代子の法定相続人が相続分に応じて保険金請求権を取得したと主張する。しかし、死亡保険金は、相続財産ではなく、相続人の固有財産であって(最高裁判所昭和四〇年二月二日第三小法廷判決民集、一九巻一号一頁参照)、一旦保険契約者に帰属したうえで、相続によってその法定相続人に移転するものではないから、受取人である法定相続人が複数である場合には、民法四二七条により各相続人が均等の割合によってこれを取得すると解するのが相当である。そして、本件における保険約款の定めは、受取人に関する契約者の意思が明らかではない場合についての対応として設けられたものであることがその文言上明らかであって、相続人が法定相続分に応じて死亡保険金を受けることまでも定めたものではないというべきであるから、保険約款に右の定めがあることから、民法四二七条にいう「別段ノ意思表示」があるものと認めることはできない。

このように解するときは、保険金の帰属が契約者の生前の生活関係には必ずしもそぐわない結果となる場合を生ずる(本件も、被保険者の法定相続人が、配偶者のほかは、生活上のかかわりが薄かった多人数の兄弟姉妹やその代襲相続人であって、その感がないではない。)ことも予想されないではない。しかしながら、保険金債権が法定相続人に均等に帰属すること自体が一般的に合理性を欠くものということはできないうえに、相続財産ではない権利が特段の意思表示がないのに相続分の割合によって各権利者に帰属することの根拠は見当たらないから、右のような場合を生ずるからといって、これをもって被控訴人の右主張を採用する根拠とすることはできない。

三〈書証番号略〉によれば、本件契約の申込書の死亡保険金受取人欄には、「相続人となる場合は記入不要です」との注記がされていることが認められ、この事実から美代子が死亡保険金の受取人を自己の相続人とする意図のもとに、ことさら同欄を空白としたものと推認する余地がないではない。しかし、仮にそのように推認するとしても、受取人の指定をしたことが直ちに保険金請求権の帰属割合の指定をしたことを意味するものではないから、右事実によっては、受取人の指定があったと解する余地があるに止まり、保険金請求権の帰属を法定相続分の割合とすることまで指定したものと認めることは困難である。

被控訴人は、美代子と兄弟姉妹との仲が良くなかったので、美代子は法定相続分によるとする意思を有していたものと推認すべきであると主張するが、右のような不仲の事実から直ちに美代子の意思を推認することは困難であるばかりではなく、商法六七七条一項において、保険契約者が死亡保険金の受取人の指定を保険者に通知しなければこれを保険者に対抗することができないと定めていることや、一般に、保険契約の期間が長期にわたり、かつ、保険者において大量の保険事務を処理しなければならないことに鑑みると、保険金の帰属割合に関する指定は、被保険者が死亡するまでに、保険者が確実に認識することができる方法によって行われることを要すると解すべきところ、本件に表れた証拠によっては、控訴人の担当者が美代子の死亡までに右の事情を知ることができたものと認めることはできず、この点に関して指定というに足りる行為があったということはできないから、被控訴人の右主張は理由がない。

四以上の認定及び判断によれば、被控訴人が本件契約により控訴人に対して請求することのできる保険金の額は、保険金総額一〇〇〇万円を美代子の法定相続人の員数である一〇で除した一〇〇万円となることが明らかであるところ、被控訴人は控訴人から本件契約による保険金として一〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

五してみれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも失当として棄却すべきであるところ、これを一部認容した原判決は不当であり、本件控訴は理由がある。

よって、原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消したうえ、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官橘勝治 裁判官小川克介 裁判官南敏文)

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